湯上がりのひと時(景零)

🧩ネタ/同期で温泉旅行中の小話。ど健全。


「ふう、さっぱりしたな……」

 久方ぶりの温泉に、心身ともにあたたまったなあと景光は思う。温泉そのものはもちろん、気の置けない同期 兼 友人たちと広い湯船に浸かれば、まるで警察学校時代の空気に戻ったようで心地よかった。

 入った途端に「あ"ーーっっ」と低い唸り声を出す松田と伊達に、「おっさんみたいだぞ、ふたりとも」と苦笑する降谷。

「わりいかよ」
「みたい、じゃなくて実際もうおじさんだしな俺ら」
「いやいやまだ若いだろ」

 なんて言い合う三人を横目に、景光は萩原に「ひゅー♪諸伏ちゃん体鍛えてるねえ」と褒められ、「えっそうかなあ」と照れたり。
 それからここは風呂掃除しなくていいから気楽だな! なんて言う松田に全員で違いない、と大きく頷いたりして、とかく楽しい湯浴みだった。


 しかししばらくして、彼らはどんどん先に上がっていってしまった。
 松田は先ほど皆で行った卓球で疲れたからもう寝てえ、とあくびして。萩原はこの旅館で知り合った女性グループとおしゃべりする約束があるから♪、とウキウキしながら。伊達はリラクゼーションスペースにある最新マッサージ機を使ってみたかったんだよな、と言って。
 最後に降谷が、僕ももう出るけどヒロものぼせないようにな、と釘を刺して出ていった。

 それから景光だけもう少しだけ浸かっていたが、結局出ることにした。もういい歳なのに、一人だけぽつんと取り残されて寂しくなっちゃった、なんて我ながらちょっと恥ずかしい。ゼロと一緒に出ておけばよかったなあ。


 なんて思いながら浴衣に着替え、半纏を羽織り、のれんをくぐると、
「やっと出てきたな、ヒロ」
 そこにはとっくに部屋に戻っていると思われた幼なじみが待ち構えていた。

「あれっ、ゼロ、どうしたの?」
「これを買ってきたんだ。一本飲むだろ?」

 旅館備え付けのシンプルな浴衣姿がよく似合っている彼が、すっと差し出したのは青い瓶。そのパッケージに見覚えはなくとも、商品名や見た目からだいたい中身を察する。

「サイダーだ。サンキュ」

 受け取ったそれはよく冷えていた。冬に飲むには少々キツイかもしれないが、今の火照った体にはちょうどよさそうだ。

「どういたしまして。コーヒー牛乳もあって迷ったけど、久々にサイダーもいいなって思ってさ」
「確かに、何だか懐かしいね」
「だろ?」

 大人になってから、というか仕事に就いてからは、好む好まないに関わらずアルコールを摂取することの方が圧倒的に多くなった。お酒に割るわけでもない炭酸飲料なんていつぶりだろう。昔はあんなに学校帰りでも部活動の後にでもよく飲んでいたのになあ。

「すみませーん、通ります」
「あっ邪魔してすみません!」

 昔を思い出してしんみりしていた景光の後ろから、男性客らが通り抜けていく。しまった、そういえばここは温泉入り口だった。慌てて少しその場から離れる。

「悪い、僕がここで渡したから……」
「ううん、俺がぼうっとしちゃったからさ。部屋に戻ろっか」
「……いや待てヒロ。松田が起きてたら、何で俺の分はないんだって騒ぎそうだ」
「松田の分はないんだ?」
「あいつが起きてるかわからなかったからな。萩もどこへ行ったのやらだし、班長は恋人さんに電話するって言うから、僕とヒロの分だけだよ」
「そっか」

 せっかくみんなで温泉旅行に来たというのに、おのおの自由だ。まあ周辺観光も豪勢な夕食も温泉も、五人でたっぷり楽しんだのだから、後はもう寝るだけのこの時間はそれぞれ好きに過ごしていいか。
 そんな旅行中のフリータイムに、降谷は景光とまったり過ごすことを選んでくれたのなら、素直にうれしい。

「それじゃ、どこで飲もう?」
「確かこれを買ったところに椅子もあったから……そこに行くか」
「りょーかい」

 歩き始めた降谷の背を追って移動すると、間もなく複数の自販機といくつか椅子がある一角にたどり着いた。そういえば温泉へと向かうときに、このスペースでくつろぐ人たちをちらっと見かけたが、今は誰もいないようだ。二人掛けのソファーもあったので、それに座った。

「いただきます」
「どうぞ」

 ぐっとサイダーを煽れば、しゅわっと弾ける感覚が喉を通った。知らないパッケージだったが、かつて飲んでいたものと味はそう違わない、気がする。

「うん、おいしい」
「それは良かった」

 何より、隣で一緒にサイダーを飲む相手は変わらないことが、温泉に入っているときのような、じんわりと沁みるようなよろこびがあった。
 こうして穏やかに微笑み合うことも名前を呼ぶことも、自分たちにとって当たり前だけど、当たり前ではないのだから。

「……ねえゼロ。明日はさ、朝風呂入った後にコーヒー牛乳を飲もうよ」
「お、いいな。そっちも飲みたかったしな」
「ゼロより早く出て買ってくるね」
「ん? 別に、一緒に出て買いに行けばよくないか?」
「でもほらこれ、プチサプライズみたいで嬉しかったし……」

 空になった瓶をぷらぷらと振ってみせれば、降谷はきょとんとする。
 きっとゼロはそういうつもりでもなかったんだろうけど、だからこそ何気なくもらったものを、さり気なく返したい。
 そんな気持ちも、いくつになっても変わらないものの一つだった。

「……じゃあそれ、僕に言わない方がよかったんじゃないか?」
「……たしかに?」
「ははっ。仕事中だったら失言だったな、ヒロ」
「以後気をつけます、降谷さん」

 まあこれが調査対象や取引相手であれば、こんな風に気を抜いて会話をしていない。軽口に応酬するように彼の部下のような物言いをすれば、「ヒロに風見のような対応されるの、慣れないな」と少し気まずそうに笑った。

「ふふ。そういえば風見さん、ハロのお世話大丈夫かなあ」
「率先して引き受けてくれたからな、大丈夫だろう」
「お礼も兼ねて、お土産買っていかなきゃね」

 旅館内でも周辺にも土産物屋はあったので、明日は帰る前に吟味せねば。休みをくれた上司や同僚の分、家族の分、……いや思考がズレた。その前に、まず。

「なあヒロ、話を戻すけど」
「うん?」
「プチサプライズ、あいつらにしたらいいんじゃないか?」
「みんなに? ああ、それもいいかも」
「僕も手伝うよ。選ぶのでも、持ち運ぶのでも」

 引き留め役でも任せろ、なんて真顔で拳を握る親友は頼もしい、じゃなくて! そうじゃなくて!

「待って待って、俺はまず、ゼロにお返ししたいんだけど……」
「それはまた、別の機会でいいよ」
「……じゃあ、まだ明日もあるし、何か考えておくから」
「ああ、楽しみにしてる」

 僅かに残ったサイダーを飲み干す横顔を盗み見ながら、何がいいだろうなあ、と考えていると突然調子のよい声が降ってきた。

「あ、ふたりともこんなとこにいた~」
「萩? どうしたんだ」
「何かあった?」
「ううん、陣平ちゃんが呼んでるよん」
「「松田が?」」

 曰く、風呂上がりの松田が結局寝付けなかったらしく、土産屋で適当なカードゲームを買ったのでみんなでやろうぜ、と部屋に戻ってきた萩原に持ち掛けたらしい。

「てわけで伊達班長も探さなきゃいけないんだけど、どこいるかわかる?」
「あ、ゼロ、さっき」
「ああ、班長なら電話するって言ってたぞ」
「あー彼女さんと? だからさっきからつながらないんだ……邪魔するのも悪いかねえ」
「そうだね……」

 伊達は恋人もこの旅行に誘ったのだが、あいにく都合が合わなかったらしい。それを残念がってたことを知ってるので、スマホ越しの逢瀬を止めるのも気が引けるというものだ。

「もしかしたらもう終わってるかもしれないし、僕たちも探すか?」
「いや、大丈夫。降谷ちゃんたちはさびしそーなじんぺーちゃんの元に行ってあげて?」
「さびしそうなんだ、松田」
「それなら行ってやらないとな」
「お願いねー」

 ウインクしながら去っていった萩を見送って、自分たちも腰を上げた。空瓶をごみ箱に捨てながらふと思う。今こそこのサイダーを買って持っていってもいいかもしれない。

「ゼロ、せっかくだし今これ買っていこうよ」
「ああ、いいな」
「ゼロも飲む?」
「僕はもういいかな」
「そっか。あ、サイダー以外もけっこう種類ある……何がいいかなあ」

 自販機にはアルコール類も売っているが、今飲んだら夕食時にノンアルで我慢した意味がない。自分たちが飲んだサイダーが美味しかったから、これでいいだろうか。

「……なあ、ヒロ」
「? なあに」
「さっきの。お返しとか、いいからさ。またみんなで来よう」
「……そんなの、もちろんだよ」
「ん。……じゃあ、さっさと買って戻るか。松田が拗ねてるかもしれないしな?」
「……ふふっ、うん、そうだね」

 いつかおじさんおばさんや兄さんを温泉に連れていきたいし、みんなとも温泉以外の旅行もしてみたい。自分たちの職務上どうしても容易にはできなくとも、どうにか都合をつけて行けたらいい。今のように。
 そしてそのときは、いやどんなときでもまた、ゼロも一緒であればいいな。


****


 あの旅行から数週間後。また仕事に追われ忙しない日々を送っていた。
 ある日、久しぶりに家で顔を合わせた景光が、嬉しそうにゼロに渡したいものがあるんだ、と言ってきた。はいこれ、と棚から取り出したものをテーブルに置かれる。薄く色づいた液体が入った、小さな瓶だった。

「ノンアルコール……?」
「この前 旅館で飲んだときけっこういけるなーって知ったから、色々調べてみて、気になったもの買ってきたんだ」
「気になったもの……」

 その理由は味とか口コミでの評価ではなく、名前で決めてないか、これは。パッケージにでかでかと書かれている、降谷と同じ名のこの商品を。
 などと自分から指摘するのも何だか気恥ずかしいが、瓶を手に取って見せながらにこにこしている幼なじみの表情から察するに、絶対そうだ。

「料理にも使えるみたいだから、それも試してみようか。さすがにフランベは出来ないけど……」
「そりゃ、ノンアルだからな……。というかヒロ、これ、もしかしてこの前の……」
「うん。お返しだよ、サイダーの」

 プチサプライズ、どう? とこれまた笑みを深くしながら聞いてくるものだから、参った。お返しなんていいと言ったのに、まったく律儀なことだ。……嬉しいけれども!

 そうして楽しかった旅行に、帰ってきてから思い出がひとつ、いや一本、加わったのだった。





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https://www.fukumitsuya.co.jp/foods/zeronoshizuku/
最後に景光が買ってきたのはこれ。
フォロワさんが教えてくださったのでせっかくだからネタにしました、感謝。


オシカプが温泉旅行に行ってるのにまっっったく色っぽい展開じゃないから何か詐欺だと思われたらどうしよう。
だけど私の脳内のひれちゃんは色気より食い気だし、食い気よりお互いが大切なんだ 許して(?

アラサーのひろれはさすがにぽわついてないのでは?とも思うけど、いや、あのふたりなら……ぽわついとる‼️という解釈でいきます。