if you want it...(景零)

ハム研修時代。付き合ってるし同棲してる。エプロンプレイしそこねた話。


「……ゼロ、何か不満?」
「……? 不満なんて、ないぞ」
「うそ。何か考え事してるでしょ」

 景光がそう言うと、零は顔を背けてどうしてわかるんだ……と呟いた。

 わかるよ、ゼロのことなら。
 ……と言いたいところだが、今この瞬間、大人しく景光に押し倒されたはずの零が、何を考えているかまでは正確にはわからない。ただ何かしら、別のことを考えているように見えただけだ。

 景光はというと、零との数ヶ月ぶりの肌の触れ合いに、熱い吐息に、重ねた唇に、それだけでじんわりと満たされていくものを感じていたというのに、眼下の恋人は違うのだろうか。

「どうしたの? 乗り気じゃない?」
「……違う、そうじゃなくて……」
「もしかして、仕事で気になることでもあるとか? あ、話せないことなら話さないでいいんだけど……」

 零が今抱えている案件は何だろう。それこそ所属が違う景光には知る由もないから、仕方ないところかもしれない。

 幼い頃より目標としていた職に就いて奔走する日々、いつも隣にいた零とも会えない日も話せないことも増える一方だ。いくら明日互いの休みが重なったからといって、要請があれば自分も相手もすぐに家を出て職場へと向かうだろう。それも覚悟で、誇りと信念を持ってこの職に就いたのだ。

 だからこそこうして零と共に過ごせる時間を、景光は大事にしたかった。それは何も考えずにセックスしたいというわけではなく、彼に何か懸念があるなら取り除いてあげたい。悩みごとがあるなら、一緒に解決策を探したい。望むことがあるなら、出来うる限り叶えたいのだ。

 だからねえ、ゼロ。

「もし俺に言いたいことあるなら、言ってよ」

 じっと目を見つめながらストレートに請うなんて、欲しい情報を持っている相手への聞き出しとしてゼロ点だろうが、幼なじみ兼恋人にはこれがよく効くことを知っている。
 うっ、と言葉に詰まらせたような零は、しばし黙ったあと、深いため息をついた。

「……もう! ヒロがそんな真面目な顔すると、余計言いづらいだろ!」
「え、えっ、ご、ごめん……?」
「謝るな。変に不安にさせた僕が悪い」

 でもほんとにくだらないことなんだ、と零は言う。とりあえず押し倒したままの姿勢なのもアレなので、ふたりとも起き上がった。それから腕を組んで唸る彼は、まだ口にするのを躊躇っているようだ。

「くだらなくても何でも、話してくれたら俺は嬉しいんだけど……」
「…………」
「……だめ?」
「………………じゃあ言うけど、引くなよ」
「引かないよ」

 こうしてお互い真剣な顔でベッドの上で向かい合っていると、何だか初めてシたときのことを 思い出すなあ、なんてちょっと明後日なことを考えながら、彼の口が開かれるのを待った。

「あのな、…………ヒロが、エプロン脱いでて、ちょっと残念だった」
「…………えええ??」

 それはまた、どういうことだろうか。ここは寝室で、時刻は深夜二時で、いやまだ寝ないけれど、これからに備えてお互いすぐにでも脱げるようなスウェットを着ていて……当然、エプロンなんて着けているはずもない。
 確か時間にして二時間前、零が帰ってきた頃はちょうど夕食を作っていたから、着けてはいたが。

 脱いでて残念って何だ? やっと聞き出せた言葉に景光は混乱した。長年の付き合いのある彼の言い分に、チョットヨクワカラナイデスネとなったのは初めてかもしれない。すぐさま言及する。

「ごめんゼロ、よくわからないから教えて。どうして残念なの?」
「………………今日、帰ってきたときに」
「うん……」
「ヒロのエプロン姿に…………ぐっときたから……………………」

 だから脱いでしまったことが残念なのだと、まるで懺悔するような神妙さで零は告白した。

 そういえばあのとき後ろから抱きつかれて、肩に頭を擦り付けられたり、エプロンと服の間に右手を差し込まれ何故かお腹を揉まれたりした。珍しく甘えてくるなあ、ぜろ疲れてるんだなあ、とかわいく思っていたら、すっと離れてお風呂場へ向かっていってたが。

「え、ゼロもしかして、あのときムラッとしちゃった?」
「……そうだよ」
「……いや何で? 俺のエプロン姿なんて見慣れてるでしょ!?」

 これまで生きてきて数えきれないくらい、彼の前で料理してきたというのに。そして今までは特にそんな様子もなかったのに、なぜ今更。

「僕だってわからないよ。ぐっとキたものはキたんだからしょうがないだろ……」
「そ、そっか……」

 もしや自分が知らなかっただけで、零にはそういう趣味があったのだろうか。そうだとしたら今まで知らなかったことが悔やまれるのだが……。しかしどうも彼自身も、己のふって湧いた欲求に戸惑っていたらしい。

「……ヒロが料理を振る舞ってくれるのはいつだって嬉しかったけど、忙しい今はより有り難く思うから、輝いて見えるんだ。だからかもしれない。でもこんな、恩を仇で返すようなまねをして本当にごめん」

 申し訳なさそうに頭を抱える零に、何だか恥ずかしいことを言われたような気がするが、それよりも最後が引っかかってしまった。思わずその両肩を掴んで否定する。

「……ちょ、ちょっと待って! 仇で返された覚えないよ!?」
「だって……変なこと考えたうえに、ヒロを無駄に不安にさせたし、行為も中断してしまったし……」
「もう、別に怒ってないんだからいいんだよ」
「ほんとか?」
「ほんと」

 嘘を見抜く術だって持ってるだろうに、しおらしく確認してくる様が愛おしくて、ぎゅっと抱きしめた。

 いろいろ動揺はさせられたけれど、冷静になって考えてみたら何も悪いことなんてないだろう。基本的に性に淡白な恋人が、何の変哲もない自分の姿に欲情してくれたというのは、むしろ嬉しいぐらいだ。そっか、ゼロ、ムラッとしちゃったんだ……とじわじわと込み上げてくるものすらあった。一周回って再び、熱が灯ったのを感じる。

「……今からでも着けようか? エプロン」
「えっ……。……いや、だめだろ。汚れる」
「洗濯すれば済むよ。どうせ明日する予定だし」
「でも……」
「せっかくなら、キッチンでするのもいいかもね」
「……ふ、何がせっかくなんだ……」

 景光はいたって本気だったが、冗談と捉えたのか、腕の中の恋人は噴き出した。笑うことで身体の強ばりも解れて、やっと自然体になった気がする。景光を抱きしめ返す零はまだ笑っていて、色気のないハグだったけれど、それが良かった。
 
「あーもう、いろいろばからしくなってきたな。僕たち、貴重な時間に何やってんだかな……」
「俺はゼロの新たな一面知れてよかったよ。それで、どうする?」
「……いいや。今夜は、普通にしよう」

 右頬に手を添えられながら、軽くキスされる。負けじとし返しながら、「いいの?」と問うた。

「何でヒロが残念そうなんだよ」
「だってゼロ、我慢してない?」
「してないよ。……我慢、させたくないなら再開してくれ……って、中断させた僕が言うことじゃないが……ヒロが、許してくれるなら」
「許すもなにも、怒ってないって。……それじゃしよっか、続き」
「うん」

 結局そのあとはいつものようにじっくりいたして終わったけれど、いつか機会があれば、ゼロがよろこぶエプロンプレイをやってみよう、と密かに決意する景光だった。





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後書き
エプロンみつにムラムラしちゃった自分に
謎のショック受けるフルヤさんはカワイイというだけの話だったのに
みつ視点で書き始めたら、序盤なぜかシリアス気味になったから自分で笑っちゃったよな……。

ふたりとも真面目で相手を慮るあまりに話が進まなくてさ……
そういうとこやぞ!(love)となったし、
たぶんくだらない喧嘩とやらもこんな感じじゃないかと思う。弊解釈。