何でもないような夜に(景零)

事後のお話(全年齢)。高校か大学生ぐらい。


「はいゼロ、お水」
「ありがとう」

 手渡されたペットボトルの中身はすっかりぬるくなっていた。わざわざ冷蔵庫まで取りに行かずに済むようにと、ベッドのそばに置いていたのだから仕方ない。ぬるかろうが乾いていたのどを潤すには充分だった。

「……ねえゼロ」
「うん?」
「からだ、痛くない? 大丈夫?」

 水を飲んで一息ついていた零の頬に景光が触れる。心配げな声とやさしい手つきは、先ほどまでと違って熱を灯すものではなく、労りだけが込められていた。まるで零が怪我したときに、手当てするように。どこも傷ついていないし、何より景光に傷つけられるなどありえないことなのに。ふっと笑って、「平気だよ」と返した。

「……ヒロってさ、それぜったい聞くよな。行為の最中も、その後も」
「それは……だって、聞くでしょ……」
「もう初めてでもないのに」

 と言うほど、初体験のときから年月が経っているわけでもなく、回数をこなしているわけでもない。が、手探りだった当初よりは、もう少しスムーズにできるようになった気はしている。なのに変わらず毎回、健気にもこちらのからだを気遣ってくる景光が、零はこそばゆかった。……嫌ではない、が。

「ぜ、ゼロだって」
「僕?」
「……気持ちいい? とか、気持ちよかったか? ってよく聞いてくるじゃん……」
「それは……だって、聞くだろ」

 頬を染めながら反論してきた景光に、何を当然のことを? と首を傾げる。

 この親友、兼恋人は昔から自分を押し殺しがちだ。それは零が未だ踏み込めない彼の過去に起因しているかもしれないから、むりやりにでも解き放とうとは思ってはいない。それでもからだを重ねているときぐらいは、気持ちがいいときは、そうだと言ってほしい。だから何度でも確認する。どこかこの行為に、というかきもちよくなることに対して後ろめたさのようなものを感じているらしき彼に、何も悪いことじゃないぞ、と伝えるように。

「ヒロに我慢してほしくないんだよ」
「……オレだってそうだよ。ゼロ、変なとこで意地を張るんだから。それでもしゼロが痛がっていることに気づけなかったら、嫌なんだ」
「ヒロだってそうだろ。僕はヒロが気持ちよくなってるところが見たいし、そう思ったときは声に出してほしいよ。そうすると、僕も気持ちいいから」

 正直零はあまり、人並みに、そういった欲がない。やりたいこともやるべきことも山ほどある人生で、生理現象なんて適当に処理すれば終わりだった。勉強でもスポーツでも趣味でも、どんなことでも一緒に楽しんできた親友とだって、こんなことをしてみたいとは思っていなかったのに。からだの表面上だけではない、もっと奥深くまで触れたような、触れられたようなこの行為を、そのふるえるような気持ちよさを、一度知ってしまえばもうしないという選択肢はなかったのだ。景光にだって、そう思ってほしいし、そう思わせたいのだ。

「…………あ、」
「ん?」
「……そっか、そっかあ……」
「ど、どうしたんだヒロ……」

 熱弁する零に、更に顔を赤くさせた景光は、ふと何かを得心したように一人で頷いている。疲れたんだろうか。お互い鍛えているとはいえ体力を消耗するコトをした後なのだから、こんな風にしゃべってないでさっさと寝た方がいいかもしれない。お腹が空いた気がするのも、今ならまだごまかせる。ていうか普通にうとうとしてきた。

「ヒロ、そろそろ……」
「ねえゼロ、オレたちおんなじなんだ」
「え?」

 そろそろ眠ろうかと誘おうとしたのに、話は続くらしい。僕もう眠いんだが、とは言えなかった。こちらを見つめる景光のまなざしが、あまりにも柔らかかったから。泣き出しそうな、嬉しそうな、行為の最中のような、普段から零へ向けているような視線で、顔つきだった。

「さっき、ゼロが言ったでしょ。オレがきもちいいと、自分もそうだって」
「……言ったな」
「オレも、おなじ。……ゼロが痛いと、オレも痛いんだよ」
「あ……」

 その言葉を聞いて、なるほどそういうことか、とやっと零も理解する。
 そうか、僕たちはいつも互いに違うことを尋ねているようで、その実おなじだったんだな。

「ゼロにああ聞かれるの、ちょっぴり恥ずかしかったんだけど……」
「僕もくすぐったかった、けど」
「でもさ」
「うん、……そうだな、ヒロ」
「ね、ゼロ」

 ぼくがきみを想うように、きみもぼくを想っているのだと。そんなことは十数年も前から至極当然なのに、今さらでも、何度だって胸が締め付けられるようないとおしさを、ふたりで分かち合って。
 幼い頃のようにひそやかに笑い合う声は、夜闇へ融けていった。





――――――――――――――――――――――――――――――

私の中のフルヤさんってどうしても恋愛的情緒もなければセイヨクもなさそ〜〜ってイメージが強固にあるし
みつはみつで悲願を達成するまではそういうこと避けてそう。
前者は淡白さんで後者はある種の潔癖さんかなあって。

そんな潔癖さん×淡白さんがどんな経緯でコトに及ぶのか想像しきれないんだけど
いっぺんしてみたらそれからは演奏するようなノリと自然さでするようになるんじゃないかな。
でもって優しさに満ち溢れているんだろうな……という解釈と趣味を詰めてみました。


そういう行為をしててもしなくても、親愛でも恋愛でも、あるいは女の子同士だったとしても、ふたりのかたちって変わらないだろうなあとも思う。
約20年かけて築き上げ積み重ね寄り添ってきた時間、関係性、愛と信頼、つよい。